祈りの海

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

私がSFに読み慣れていないせいか、難しい話が幾つかあった。どの作品も、主人公の一人称で書かれ、技術の進歩や環境の変化が個人の宗教感、倫理観、道徳にどのような変化を与え、社会をどのように変えるかということに正面から取り組んで書かれている。これはそもそもSFが取り組むべきテーマであるのだが、そこに真っ正面から取り組んでいるのがすごい。それにちゃんと面白く、密度が濃い。こんな作品が11編収録されている。

  • 貸金庫(The Safe-Deposit Box)

毎朝違う自分になって目覚める男の話

  • キューティ(The Cutie)

子供が欲しい男が、エンジェルという人工生命を受胎して育てる話

  • ぼくになることを(Learning to be Me)

宝石に自分の脳の機能を代替(スイッチ)させ、永遠の生命を得ることができるようになった未来。そのスイッチに対する葛藤。

ある会社の工場がテロリストに爆破される。その会社の開発していた商品は、胎盤のフィルターを高性能なものにして、胎児をウィルスや毒物などから守るものだった。

  • 百光年ダイアリー(The Hundred Light-Year Diary)

時間逆転銀河を観測すると、観測器から光子が吸い取られる。観測器と銀河の間を遮ると、遮る前に吸収が止まる。これを利用して、未来に情報を送れる。

  • 誘拐(A Kidnapping)

自分の妻のスキャンを誘拐された。しかし妻は一度もスキャンをされたことがない。どういうことなのか。

  • 放浪者の軌道(Unstable Orbits the Space of Lies)

アトラクタにとらわれた社会と、そこから逃げようとする人々の話だが、これは物理のカオス理論そのものである。カオス理論の一部で、アトラクタにとらわれているかどうかは、いくらシュミレーションしても分からないとか、初期条件の違いで結果がどうなるか予測できない所などである。カオスを知っている人にはニヤっとできる話である。